日々の暮らしの中で、なんとなくモヤモヤしたり、自分の視野が狭くなっているように感じたりすることはありませんか。忙しい毎日を回していると、目の前の出来事をやり過ごすだけで精一杯になってしまうものです。私たちは同じ世界に生きているようでいて、実はそれぞれが全く異なる「解像度」で物事を見ているのかもしれません。認識の解像度が高まると、それまで見過ごしていた日常の細部や、他人の気持ちの揺らぎに気づけるようになります。この記事では、認識の解像度をテーマにした13の名言をご紹介します。少しだけ立ち止まって、自分の見ている世界をうっすらと捉え直すきっかけにしてみてはいかがでしょうか。
目次
- 1 「何かに注意を払うというのは、その信号を高い精度で処理することだとわかっています。ですから、ある対象に注意をすると、その対象の細かなところまで感じ取れるのですが、逆にそれ以外のところは、相対的に無視されたような状態になります。」― 『視点という教養』
- 2 「しかし、ちょっとした揺らぎの音は存在するが、音符と音符の外にある音の存在はほとんど意識されることがなくなった。音符の発明によって、音の観察が進み、解像度が上がって、見えるところが増えたが、同時に見えないところも増えた。」― 『観察力の鍛え方』
- 3 「狭めるとはイメージを明確にしてあげること。」― 『人がうごくコンテンツのつくり方』
- 4 「顧客は企業ブランドの20パーセント程度しか完全に異なるものとして認識していない」― 著者不詳
- 5 「わかるということは、かわるということ。」― 『武器になる哲学』
- 6 「購入しているからといって、必ずしも認識されているわけではありません。どれだけ顧客から魅力的だと思われていても、どれだけ顧客の状況を把握できていても、どれだけ頻繁に購入されていても、世の中には認識されていない商品というものがあります。」― 著者不詳
- 7 「この「頭」という部分は、「質」そのものを直接的に認識する事ができず、どうしても「量」というものに落とし込んだ形でしか対象を把握できません。」― 著者不詳
「何かに注意を払うというのは、その信号を高い精度で処理することだとわかっています。ですから、ある対象に注意をすると、その対象の細かなところまで感じ取れるのですが、逆にそれ以外のところは、相対的に無視されたような状態になります。」
― 『視点という教養』
私たちの意識は、スポットライトのようなものかもしれません。一つのことに深くピントを合わせるほど、他のものはうっすらと背景に退いていきます。何に注意を向けるかで、見えてくる現実の姿は大きく変わるのです。
「しかし、ちょっとした揺らぎの音は存在するが、音符と音符の外にある音の存在はほとんど意識されることがなくなった。音符の発明によって、音の観察が進み、解像度が上がって、見えるところが増えたが、同時に見えないところも増えた。」
― 『観察力の鍛え方』
言葉や記号を手に入れると、物事をはっきりと区別できるようになります。その枠組みからこぼれ落ちてしまう曖昧なものも同時に生まれているはずです。明文化されたものの外側にあるものに、私たちはうっすらと目を向ける必要があります。
「狭めるとはイメージを明確にしてあげること。」
― 『人がうごくコンテンツのつくり方』
あれもこれもと欲張るほど、全体の印象はぼやけてしまいます。あえて視点を絞り込むことで、初めて輪郭がくっきりと浮かび上がってくるのです。何かを伝えるときには、あえて範囲を狭める勇気が必要なのかもしれません。
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「顧客は企業ブランドの20パーセント程度しか完全に異なるものとして認識していない」
― 著者不詳
送り手がどれほど細部にこだわっても、受け手の側からは漠然とした違いしか見えていないことがあります。認識のズレはどこにでも存在します。自分が思っているほど、他者は細かく区別していないという前提を持つと楽になるかもしれません。
「わかるということは、かわるということ。」
― 『武器になる哲学』
物事の構造を深く理解したとき、私たちの内面には何らかの変化が起こります。知識をただ蓄えるだけでなく、それによって世界の見え方が変わってしまう。それこそが、本当に「わかった」と言える状態なのかもしれません。
「購入しているからといって、必ずしも認識されているわけではありません。どれだけ顧客から魅力的だと思われていても、どれだけ顧客の状況を把握できていても、どれだけ頻繁に購入されていても、世の中には認識されていない商品というものがあります。」
― 著者不詳
無意識のうちに選択しているものは、私たちの日常に溢れています。当たり前すぎて意識にのぼらない存在。それらは、ある意味で風景の一部になってしまっています。身近なものを改めて意識的に見つめ直すことが大切です。
「この「頭」という部分は、「質」そのものを直接的に認識する事ができず、どうしても「量」というものに落とし込んだ形でしか対象を把握できません。」
― 著者不詳
私たちは物事を数字やデータに置き換えて、なんとなく理解した気になりがちです。数値化できない手触りや感情といった「質」の部分にこそ、本質が隠されていることがあります。思考の癖に自覚的でありたいものです。
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